カワバタモロコの悲劇

 さぬき市の山すそにひっそりと存在するため池。昔はそのため池を頂点として、棚田が耕作されていたが、今は田んぼを後継する者もおらず、放棄されている。ため池の水は山火事などの非常用として蓄えられるのみで、農業のために使うといった水の入れ替わりもなく、ヘドロが沈殿し富栄養化が静かに進みつつある。しかしながらこの池は、昔よく見たため池のようにヤナギモやエビモ、クロモが繁茂し、その浄化力で、水の透明度は高く、水質が良好に保たれていた。その好適な環境が幸いして池には環境省選定絶滅危惧ⅠB類、特定第二種国内希少野生生物種にも指定されているカワバタモロコが生息していた。香川県内でカワバタモロコが生息しているため池は約7か所のみだ。淡水魚は、歩いたり、飛んだりして移動する能力はなく、水系ごとに隔離され遺伝子型が異なることが多い。すなわちカワバタモロコを保護するには、そのため池の個体群ごと区別して保護することが求められる。
 その数少ないカワバタモロコの楽園に、2020年初夏にアメリカザリガニが侵入した。瞬く間にヤナギモやエビモは刈り取られ、水を浄化する役割を担う水草が壊滅したため、池の水はアメザリ色と呼ばれる灰褐色の水へと変化した。水草を産卵場とするカワバタモロコは数を減らし、2023年の度重なる調査でも2個体を確認したのみだ。絶滅の危険性を予測して香川淡水魚研究会が近隣の池にカワバタモロコを保全移殖したが、その池にもアメリカザリガニが侵入し、一度は数を増やしたカワバタモロコだが、今は危機的状況にまで数を減らしている。

「アメリカザリガニの危険性は感じていたが、ここまでとは思ってなかった」

 アメリカザリガニは侵入した池は、数年のうちに在来種がほぼいなくなる。
アメリカザリガニは、「水辺の外来種のラスボス」と呼ばれる。雑食性で、食欲旺盛。水草を食べるだけでなく、狩りをしやすくするためだけに切ることもある。水草は水生生物のゆりかごだ。そこに身を隠し、産卵をする。そのゆりかごがなくなれば、多くの水生生物は生きる環境を失う。閉鎖的な池にアメリカザリガニを放つということは、人の世界に例えると、人が詰め込まれた部屋にライオンを放すようなもの。もともといるものの立場、在来種の気持ちも想像してほしい。池の中は、逃げ場がない。在来種が瞬く間に捕食される。次は自分の番か…、待つことしかできない。
 そんなアメリカザリガニが、2023年6月1日より「条件付特定外来生物」に指定された。アメリカザリガニを池や川などの野外に放したり、逃がしたりすることが法律で禁止される。違反すると罰則・罰金の対象に。適切な飼育を行わずにカメやザリガニが自力で逃げ出した場合も違法となることも。
 条件付特定外来生物への指定が遅すぎる感は否めないが、残された数少ない日本在来の生物種を守るために、今以上のアメリカザリガニの拡散は阻止したい。